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東京地方裁判所 平成8年(ワ)19558号 判決 2000年7月27日

原告

甲野太郎

右訴訟代理人弁護士

齋藤弘

被告

乙野次郎

右訴訟代理人弁護士

鶴田忠雄

藤原宏髙

井奈波朋子

主文

被告は、A社に対して、四〇〇〇万円及びこれに対する平成八年一〇月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のそのほかの請求を棄却する。

訴訟費用は一〇分の九を原告の負担とし、一〇分の一を被告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告は、A社(本店所在地東京都荒川区<番地略>)に対して、一〇億八八五一万五七五八円及びこれに対する平成八年一〇月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  争いのない事実

原告はA社(本店所在地東京都荒川区<番地略>)の株主であり、被告はA社の代表取締役である。

被告は、A社の代表取締役として、平成二年四月一一日、A社の二〇万株の新株発行を行った。この新株発行は、第三者割当として被告が一〇万株、被告の長男乙野三郎が一〇万株を割り当てられたが、発行価額は一株につき七〇〇円と定められ、それぞれ払い込まれた。

被告は、平成二年六月頃、その所有する鷹之台カンツリー倶楽部の会員権(個人正会員)を、A社に対し、少なくとも一億七〇〇〇万円以上の価格で売却し、A社は被告に対してその代金を支払った。

被告は、A社の代表取締役として、平成五年八月三一日、被告が代表取締役であったB社に対する七億四七一九万四五九四円、及び被告が代表取締役であったC社に対する一億三〇三二万一一六四円の債権を放棄し、その後、両社は、解散して清算結了の登記をして消滅した。

第三  当事者の主張

一  原告の主張

1  新株発行による損害

A社が行った第三者割当による新株発行は、公正な発行価額が一株につき九〇〇円であったのにこれを二〇〇円も下回る特に有利な発行価額を定めたものであるにもかかわらず、商法二八〇条ノ二第二項に基づく株主総会の特別決議を経ていない。したがつて、会社は、発行した新株二〇万株について一株につき二〇〇円の公正な発行価額との差額に相当する損害を被っており、その損害の合計は、四〇〇〇万円となる。

2  ゴルフ会員権の売却による損害

被告からA社への本件ゴルフ会員権の売却は、取締役と会社の利益相反行為であるのに、商法二六五条一項前段に基づく取締役会の承認がなく、無効である。また、本件ゴルフ会員権を取得することは、会社にとって必要はなく、被告は会社の代表者としてすべきではなかった。なお、会社が被告に対して支払った本件ゴルフ会員権の代金は、被告が認めている一億七〇〇〇万円ではなく、一億七五一〇万円であり、会社は、この代金額相当の損害を被った。なお、原告はそのうち、一億七一〇〇万円の損害賠償を請求している。

3  B社・C社との取引による損害

被告は、B社及びC社に対して、A社の取締役としての忠実義務・善良な管理者としての注意義務に違反して、長期にわたり漫然と商品の販売、資金の貸付け等の取引を行い、これによって、B社に対する七億四七一九万四五九四円、及びC社に対する一億三〇三二万一一六四円の回収不能の債権を発生させて会社の債権額合計八億七七五一万五七五八円相当の損害を与えた。また、両社に対する債権放棄は、取締役と会社の利益相反行為であるのに、商法二六五条一項前段に基づく取締役会の承認がなく、無効であるのに、前記の合計八億七七五一万五七五八円の債権を放棄した上で、解散をして清算結了した結果、債権回収は不能となり、会社に債権放棄額相当の損害を与えた。

よって、原告は、商法二六七条に基づく株主代表訴訟により、被告に対して、A社への前記損害額合計一〇億八八五一万五七五八円及びこれに対する訴状送達の翌日である平成八年一〇月二七日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  被告の主張

1  新株発行について

一株につき七〇〇円と定めた新株発行は、特に有利な発行価額を定めたものではないから、株主総会の特別決議を行っていなくても商法には違反しない。A社が新株発行をした当時の株価は、類似業種比準方式により、土地売却益を除いて算定すると一株の価格は五八一円である。

仮に、本件新株発行が有利発行に当たり、株主総会の決議を行っていない結果、取締役の責任が問題となるとしても、被告は、当時、篠崎会計事務所に対し株価の算定を依頼しこれに基づき株式発行価額を決定したのであり、取締役は免責される。

2  ゴルフ会員権の売却について

A社は、平成九年九月一二日、取締役会を開催し、平成二年六月にされた被告からA社に対する本件ゴルフ会員権の売却について、追認した。商法二六五条一項の取締役会の承認は、事前に限らず、事後であっても可能であり、この場合は法律行為ははじめから有効となる。したがって、本件においては、商法二六五条により取締役会の承認がされているので、ゴルフ会員権の売却について違法はない。

また、ゴルフ会員権を取得したことによって、会社に損害は発生していない。会社が本件ゴルフ会員権を取得した価格は、原告の主張する一億七五一〇万円ではなく一億七〇〇〇万円であるが、本件ゴルフ会員権は、平成二年六月当時の適正な価格で売却されたものであり、A社は等価で会員権を取得したのであるから、損害は発生していない。

さらに、会社では、情報交換のため会員権取得の必要性があった。

3  B社・C社との取引について

被告は、昭和六三年九月一六日以前のA社のB社・C社との取引による損害賠償については、消滅時効を援用する。C社については、昭和五六年には休眠状態に入り、昭和五七年からA社の貸付金、未収金については変動がなく、昭和六三年以降にA社との取引はない。

B社が設立されたのは昭和五五年であり、当時、B社は物置の販売量では日本一であるとともに、A社の商品である鉄板の主力取引先であった。B社の商品である物置は、丸紅関連の東邦物産を代理店として売却していたが、昭和五八年頃、値上げ交渉が決裂し取引を停止されてしまった。そのため、その後は代理店を通さずに販売せざるを得なくなった。そのため、自ら知名度を高める必要がありテレビ広告を行うなど、売上増大のため努力した。

A社は、B社が主力売却先であったことから、B社の商品売上が減少すれば、自らの売上も減少することになるので、B社を支援したのは妥当な経営判断であった。したがって、A社がB社に対して行った取引行為は、A社として適切な処理を行ったにすぎず、法的責任を問われる余地はない。

A社のB社及びC社に対する債権は平成五年当時回収不能であったのであるから、債権放棄によって会社に損害は発生していない。

また、商法二六五条一項違反との主張については、A社では、後に取締役会において、B社及びC社に対する債権放棄に対する承認を行ったのであり、しかも損害は発生していないのであるから、商法二六六条一項四号の責任は生じない。

三  被告の時効の主張に対する原告の反論

商法二六六条一項五号に基づく損害賠償請求権は、期限の定めのない債務であるから、消滅時効の起算点はその債権成立の時である。

したがって、時効の起算点は、被告主張のごとく被告の貸付けや販売の行為時ではなく、A社に損害が発生したと客観的に認識される時点である。A社に損害が発生したと客観的に認識される時点は、A社が債権放棄を決議する取締役会を開催した平成五年八月三一日である。そうでないとしても、B社については、A社がB社に対する債権の一部について回収不能と判断して損金処理をした平成元年八月三一日までは損害が客観的に発生したとは認識されていなかった。

第四  裁判所の判断

一  新株発行による損害について

証拠(甲三、四、七ないし九、四八、乙三四の一、四九、五二、被告本人)によれば、被告及び被告の長男乙野三郎に対して各一〇万株を割り当てて一株につき七〇〇円の発行価額により行った平成二年四月のA社の第三者割当による二〇万株の新株発行は、当時のA社の株式の時価が一株につき九〇〇円であり、一株につき七〇〇円の発行価額での第三者割当による新株発行が株主以外の者に特に有利な発行価額をもって新株を発行する場合に当たり、したがって商法二八〇条ノ二第二項により株主総会の特別決議を必要とすることを認識しながら、A社の代表取締役社長であった被告が、会長であり大株主であった被告の母乙野花子に知らせずに会社の実質的な支配権を確保するために、あえて株主総会を開催してないで新株発行を決定し、これを実施し、これにより、公正な発行価額である一株につき九〇〇円の価額と実際の発行価額である一株につき七〇〇円の価額との差額二〇〇円について発行株数二〇万株に相当する合計四〇〇〇万円の損害を会社に対して与えた事実を認めることができる。

したがって、被告は、商法二六六条一項五号により、A社に対し、四〇〇〇万円とこれに対する訴状送達の翌日からの遅延損害金を支払う義務がある。

被告は、A社が新株発行をした当時の株価は、類似業種比準方式により、土地売却益を除いて算定すると一株の価格は五八一円である、と主張するが、本件新株発行の直前の平成元年八月期のA社の決算報告書(乙三四の一)によれば、たしかに特別利益として四億二八八一万八四六三円の固定資産売却益を計上してはいるが、他方で特別損失として債権償却引当金繰入として固定資産売却益にほぼ対応する金額である四億五七六八万三三八六円を計上しているのであるから、固定資産売却益のみを利益から控除して株式の価格を算定することは適当ではない。

また、被告は、新株発行は過小資本の解消のためであり、一株につき七〇〇円の発行価額を特に有利な発行価額ではないと考えて新株発行を行ったのであるから、取締役としての責任はないと主張し、これに沿った供述をしているが、前記の証拠関係に照らすと、既に死亡して議決権を行使できない株主を除けば、本件新株発行後の被告及び三郎の株式合計三七万八六〇〇株でA社の株主総会の多数決を支配できたことが認められ、しかも本件新株発行が大株主である乙野花子会長の知らない間に行われたということに照らし、被告の供述は信用することができない。ほかに、前記認定を左右するに足りる証拠はない。

二  ゴルフ会員権の売却による損害について

原告は、被告から会社への本件ゴルフ会員権の売却は、取締役と会社の利益相反取引が取締役会の承認なくされたものであると主張して、商法二六六条一項四号により、ゴルフ会員権の売却代金相当の損害賠償を求めている。

しかし、証拠(乙二八)によれば、A社は、平成九年九月一二日、取締役会を開催し、平成二年六月にされた被告からA社に対する本件ゴルフ会員権の売却を追認した事実が認められるから、商法二六六条一項四号を理由とする損害賠償の請求は理由がない。

また、本件ゴルフ会員権の取得が会社に対する取締役の義務違反になるかどうかについて検討すると、証拠(甲二八、乙一六、二四〜二六)によれば、本件ゴルフ会員権は市場性のあるものであり、平成二年六月に被告が会社に売却した当時の鷹之台カンツリークラブの会員権価格の相場に照らし、本件ゴルフ会員権の売却価格一億七〇〇〇万円(乙二〇、三四の二、消費税は課されないから原告の主張する一億七五一〇万円の価格で売却されたものではない。)は相当なものと認められることからすると、会社が市場性のあるゴルフ会員権を相当な価格で取得したからといって、会社の損害が発生したとはいえないし、会社の資産運用の一形態として等価で換価可能な資産を残すことになるのであるから、取締役の経営判断の裁量を逸脱していると認めるべき特段の事情がない限り、会社の経営判断として許される範囲の行為であるというべきである。むしろA社の経営規模(乙三四)、A社の業務と関係の深い鉄鋼関係者が多い鷹之台カンツリー倶楽部の会員構成(乙一、二七)等の事情に鑑みれば、本件ゴルフ会員権の売却を取締役の会社に対する義務に違反した違法な行為であると評価することはできない。本件においては、ゴルフ会員権の取得後に会員権の価格が大幅に下落したことは当事者間に争いのない事実であるが、市場の予測が困難であることからすると、このような市場の急激な変化が予測できなかったからといって取締役の義務違反があったとすることはできない。

また、鷹之台カンツリー倶楽部については会員権を二口取得しないと、法人会員としての名義書換はできないが、このことは、倶楽部に対する関係で会員としての地位を主張できないにとどまり、売主である被告や第三者に対する関係では、会社が会員権を主張することができ、売却すればその利益は会社に帰属するのであるから、会社が会員権を取得したとして代金を支払ったことは、何ら違法ではない。

よって、本件ゴルフ会員権の売却による損害を理由とする原告の請求は理由がない。

三  B社・C社との取引による損害について

C社との取引については、証拠(乙五二)によれば、C社は、昭和五三年に設立され、昭和五六年頃からは休眠状態となって営業していなかった事実が認められ、したがって、A社とC社との間の取引は、昭和五七年までには終了し、回収不能であることが確定していたと認められるから、C社との取引を原因とする損害賠償請求権は、既に一〇年以上が経過したことにより時効により消滅している。したがって、C社との取引を原因とする原告の請求は、そのほかの点について判断するまでもなく、理由がない。

B社との取引については、証拠(甲一二、一五、乙五二、被告本人)によれば、昭和五五年、A社の製品の販売先であったB社(旧B社)が倒産したため、被告は、A社の販売先と旧B社の商権を確保するため、同年、同名のB社を設立し、被告が代表取締役に就任したが、B社の製品ベニーハウスの総販売元であった東邦物産が販売を中止したため、A社独自で販売促進活動をする一方、A社は、B社に工場を賃貸し、資金を貸し付け、売掛金を回収しないなどの資金援助を行ったが、A社はこれらの債権について、B社は物的施設を所有していなかったため、担保を徴求するなどの債権保全措置はとっておらず、最終的に七億四七一九万四五九四円の債権が回収不能となった事実が認められる。

しかし、企業活動とは、本来的に、経営上の危険を冒しながら利潤の追求をすることによって初めて営利を実現することができる性質の活動であるから、会社の取締役の責任を判断するに当たっては、取引先や商権の確保のために密接な関係にある取引先企業に対して金融支援をすることは、担保を徴求しなかったために結果的に貸付金等を回収することができなくなったとしてもそのことだけから直ちに会社に対する右の義務違反があるということはできないのであって、支援先企業が倒産し、債権回収が不能となる危険が具体的に予見できる状況にあったなどの特段の事情が認められない限り、取締役としての裁量権の範囲内にある行為として会社に対する善管注意義務・忠実義務に違反するものではなく、取締役が会社に対して損害賠償責任を負うものではないと解するのが相当である。

本件においては、右の具体的な予見可能性を認めるべき的確な証拠はなく、A社は、不動産の含み益で償却可能な範囲で支援を行ってきたものであるから(乙三四)、このような被告の行った企業活動が、本来危険を冒して利潤を追求する企業の性質に照らしても、なお取締役の義務違反であるといえるまでの特段の事情があったとまではいえず、ほかに被告の義務違反を基礎づけるに足りる事実は認められない。

したがって、B社との取引を原因とする原告の損害賠償請求も理由がない。

原告は、B社・C社に対する債権放棄は取締役と会社の利益相反行為が取締役会の承認を得ないでされたものであるとして、商法二六六条一項四号に基づく損害賠償も請求している。

しかし、証拠(乙二三、二八、三四、五二、被告本人)によれば、B社及びC社に対する債権は回収不能であったためA社には債権放棄による損害が発生していないこと、B社は被告が八〇%を出資し、被告が代表取締役を務め、A社が資金援助を行っていた関連会社であったため、A社の責任で債務整理することはやむを得ない経営判断であったこと、債権放棄額は損金計上し土地売却益で損失の償却が可能であったこと、及び、A社は、平成九年九月一二日、取締役会を開催し、B社に対する債権放棄を追認したこと、以上の事実が認められるから、B社・C社に対する債権放棄を理由とする損害賠償請求は、いずれにしても理由がない。

以上によれば、B社・C社に対する債権放棄額相当の損害賠償を求める原告の請求は、原告の主張するいずれの請求原因によっても理由がない。

四  結論

よって、原告の本訴請求のうち、A社に対して四〇〇〇万円とこれに対する遅延損害金の支払いを求める部分については理由があるから認容し、そのほかは理由がないから棄却し、仮執行の宣言は相当でないから付さないこととし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条、六四条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官小林久起 裁判官河本晶子 裁判官松山昇平)

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